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2013年3月11日 (月)

平成23年東北地方太平洋沖地震から二年経ちました。

始めにおことわりしておくが,わたくしは平成11年6月29日豪雨災害により,
被災直後の死亡災害現場を測量し,倒壊した家屋の上も已む無く歩いた。
合掌はした。しかし,そこで見た生活跡の生々しさは生涯忘れる事はない。

だから,感覚が一般人と異なる事をご承知下さるとありがたい。
(分かって欲しい。とまでは言わないし,云えない。信条は各々のものだ)

それと,わたくしは稼働40年未満の原子力発電所は「順次再稼働させるべき派」である。
どうせ「点検中」でも「使用済み燃料プール」に「ウラン燃料」が在って,
「常時冷却」が必要。そのポンプを動かす電力は,主に火力発電からもらうという,
オカシイ状況なのだ。

動かしても,止めていても「対応を誤れば」事故は起きる。
だから,代替発電技術が「使い物になるまでは」使える物は使う。
原発は,暫減させて行けば良い。

なお,「メガソーラー」や「風力発電」については,独逸も非経済性に直面しているし,
エディンバラ公(エリザベス二世女王の旦那さん)が正解を言っている。
(この人,「其れを言っちゃオシマイ」を平気で言う人。これこそ英国人である)

「新エネルギーといっても,補助金を貰わないと成り立たないんじゃ,詐欺だよな。」




先ずは多くの方々に対し,黙祷をしたいのだが,職務中の状況により,
心の中での黙祷となる場合もある。これがこの国の現実。要請文は来ているがね。

さて,この艱難を,皆が乗り越えるしか無いものの,当時の政権与党がやったことは
未来永劫語り継がれるべきである。

その日,わたくしは職場で「東北で大地震があったらしい。放送協会を見よう」となり,
其の様をテレビジョンで見た。

其の映像を見た瞬間「万単位での死亡」を覚悟した。
どうやっても逃げられないものがある。これは「宿命」だったのだと考えるしか無い。



ここからが,人により「腹が立つ。こいつ○○してぇ。ふざけるな!」と言われるだろうが,
本音を書く。

有り体に言うと「福島の重汚染区域は諦める」ことである。
いくらリソースを突っ込んだところで,現代の科学水準では「賽の河原」なのである。
郷土を捨てることが,土着民族である「日本人」には,どれ程耐えがたい事か。
想像すると,離れがたい思いは,わたくしも同じである。

しかし,最早「チェルノブイリ原発事故」以上の重篤な汚染状況下にあって,
どうして「管理されるべき区域」に今だ多くの人々を住まわせているのか?

放送協会は,ここ数日「がんばろう東北」をやっているが,「福島」について
どれだけ触れているのか?
宮城や岩手,茨城や千葉の都市名ばかりではないか。
これは意図的に避けているとしか思えん。
政権与党が変わっても,真実の一部は「隠されたまま」だ。



個人的には,福島県の「重度汚染地域」は「立ち入り禁止区域」とし,
50年ほど後,国連が機能していれば「負の世界遺産」として登録申請したら如何か。

地震直後の津波により,冷却系統(常用系統)がやられたのは直ぐに分かったこと。
其の後がいけなかった。

・3月11日夜,亜米利加のくりきんとん(妻)から「直ちにホウ酸水を入れろ!」
 どう考えても,このままでは破滅的な結果となる旨,強く警告される。
・このことについて,亜米利加軍は援助する準備がある。

しかし,なにもしなかった。ベントすらさせなかった。
圧力鍋でさえ,防爆弁(圧力調整弁)が「何故あるのか?」考えれば分かるだろうに…

・東京電力社長は,速やかに本社に戻るべく,已む無く自衛隊機で帰京を試みるも,
 諸方面から「民間人をなに特例で運んでいるのか?引き返せ」で,
 東京を目の前に出発点に引き返すこととなる。メンツに拘る馬鹿が居たから。

・3月12日朝,ヘリコプターで視察をするという「愚挙」を「時の宰相」が行う。
 非常時(災害発生直後)に,偉い人が来るほど迷惑なことは無い。
 現場はただでさえ混乱しているのに,「お出迎え」の準備をしなければならないのだ。
 (これをやらないと,後々中央政府および官庁から酷く叱られる。良い迷惑なのだ)

・3月12日午後
 「あゝやっぱり…」爆発した。

その後,山火事でもあるまいに,陸上自衛隊のヘリに「撒水」を命じてみたり。
その様を放送協会の映像で見たが,「あゝやっぱり」(効果ある訳無い)だったな。

陸自の隊長,泣きながら命令したと言っている。
ヘリには可能な限り「鉛板」を貼り付け,隊員には即席の「鉛ベスト」を着けさせ…

ホントなにが「僕は原発に詳しい」んだか。
この時の宰相は,相応の処遇に処せられるべきなのだが,
選挙やったら当選しちゃったから…(国会議員の不逮捕特権

福島第1原子力発電所を爆発させた時点で「詰み」となった。
全て現在進行中である。放射能もダダ漏れである。太平洋にな…
(実際は,地下にも浸潤している筈だが,其れを言うと「飲み水」が無くなるんだよ…)

一時的とはいえ,飲用水の臨時基準で「プルトニウム」混在が認められていたからな。
直ちに健康に影響は無いのであれば,
是非とも永田町と霞ヶ関の連中には積極的に飲んでもらいたかった。
其の分,福島に「○○の美味しい水」を送ればよいからね。

そんなこと,やらなかったろう?
ま,現地視察に「防護服」で行く「当時の政権与党の大臣」の感覚からして察せられる…
(地元民は「ふつーの服装」の中,やらかす感覚は理解できない)



思い出すがままに書くだけで疲れるほど,「後手後手」なのだ。
なお,3月11日のうちに,西日本の府県知事会において,
災害派遣要員の選抜準備をすることを決めたのだが,
これも諸方面から「もう暫く待て」の指示があり,時を逸した。

災害箇所が「数え切れない」ほどあると,もはや情報網も機能しないから,
マンパワーが有効なのだ。現地に行って,応急措置を指揮しなくてはならない。
重機も土建屋も,官公署も津波により「壊滅」したのだから,
どうしてでも「人・物・カネ」を可及的速やかに充当し,仮設道を敷設すべきなのだが,
なぜか「災害直後で混乱した地域に来られても,受け容れ側が困るだろう」
とのことで,人的派遣の規模は大幅に縮小され,事後3箇月以上経ってから始まった。

福島の方々には非礼克つ看過しがたい事を書いたが,
残念ながら,現代の科学技術を以ても「如何ともしがたい」事は沢山ある。
人間は,残念ながら強い放射線には耐えられない構造である。

駄目になった土地にリソースをつぎ込むのは,ドブに銭を捨てるより愚行である。
ドブに捨てた銭は拾えるが,重度に汚染された銭は拾った者の命を危ぶめる。

リソースの有効活用は,新しい防災都市を以て代替することと考える。
尤も,日本列島にて「安全」な土地は無い。何処でも大地震は起こる。
だからこそ,非常時の備えと,想定外の出来事が起こった時の決断力が要るのだ。

その時は憎まれ,罵られても,15年,30年先を見越した施策を考える者は排除される国。
それが現代日本の辿り着いた姿であり,福島で具現化してしまった。
だからこそ,「負の世界遺産」として未来永劫語り継ぎ,
この愚行に対する戒めとしなければならないのだけれども…

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